Produced by Paul & Sandra Fierlinger, AR&T, inc., ITVS/ 30min. / U.S.A.
(c) Paul Fierlinger, AR&T,inc.,ITVS
  『スティル ライフ ウィズ アニメイテッド ドッグズ』。アメリカ。製作:ポール&サンドラ・フィアーリンジャー、AR&T、ITVS。これはチェコ出身の作家、ポール・フィアーリンジャー氏による、アニメーション映画作品(約30分)です。
 この作品のことを知ったきっかけは、アメリカの映像制作会社ITVSの広報担当、ジョディ・エピステインさんからの一通のEメールでした。私は「クール・ドッグ・サイト・オブ・ザ・デイ=http://www.dogmark.net」というホームページを主催し、日替わりで世界の犬サイトを紹介しているのですが、そこでこの作品のことを紹介してもらえないかという内容でした。そこで、作品を見たいのでビデオがあれば送ってもらえないかと返信したところ、作者であるポール・フィアーリンジャー氏から直々に返事が届き、手元に届けられたのが下の写真のビデオテープだというわけです。早速作品を見た私の目からは涙があふれ、深く静かな感動で胸がいっぱいになりました。
 作者のポール・フィアーリンジャー氏は、なんと日本生まれ(1936年)。ご両親はともにチェコスロバキアの外交官でした。第二次世界大戦中はアメリカで暮らし、その後母国に戻ってからは、20年以上に渡って厳しい共産主義体制の中の生活を送ることなりました。12歳の時、自分のノートに書いたドローイングを16mmカメラで撮影して、初めてのアニメ作品を作りました。そして22歳の時には、チェコスロバキアで最初の 独立系プロデューサーとして、プラハTVで本格的アニメ作品を制作しました。1967年彼はついに西ヨーロッパに亡命し、オランダ・フランス・ドイツなどで約1年間創作活動を続けた後アメリカに渡りました。1971年には自分のスタジオをフィラデルフィアに設立。以降アニメ映画・TV番組・コマーシャルなど幅広い分野の映像作品を制作しています。(その中には、あの『セサミストリート』の中のアニメーションがあります。)40年以上のキャリアのうちに彼が手がけた作品の数は800を優に越え、うち200作品以上が世界各国のさまざまな賞を受賞しています。現在彼は仕事のパートナーでもあるサンドラ夫人、2人の子供、そしてシェルターから引き取った2匹の犬たちと共に、フィラデルフィア郊外に暮らしています。
 さてこの作品『スティル・ライフ・ウィズ・アニメイテッド・ドッグズ』は、2000年にTV番組として制作された彼の自伝的作品で、アメリカでは今でも繰り返し放映されているそうです。プロローグ、第1章〜第5章、エピローグという構成で、これまでに出会った犬とのエピソードが温かくつづられています。オープニングはアメリカ。彼が現在飼っているテリア犬スピンネカーと出会った、アニマル・レスキュー・ソサエティ(犬の保護団体)主催のピックニックのシーンから始まります。続いてスタジオで彼がこれまで出会った犬たちを回想をするシーンとなり、スターリン政権下の暗く重苦しい1950年代のプラハへと舞台は移っていきます。当時チェコスロバキアではリアリスティックな作品のみが芸術と認められていたため、主人公であるフィアーリンジャーは抽象的な「変な作品」を描くアーティストとして、まわりから白い目で見られていました。そんな貧乏芸術家の唯一の友は犬でした。その頃犬を飼うのはほとんどが農民で、それも番犬として飼うのが普通だったため、彼への視線はますます冷たくなっていきました。元々反体制的な考え方を持っていた彼は、愛犬のスコティッシュ・テリアにあえてアメリカ大統領「ルーズヴェルト」の名前を付けました。彼はルーズヴェルトから「権威を前にしたときは、隠れて内緒に事を行う」という「自由」を学びました。ルーズヴェルトが亡くなった後、彼は問題犬として処分されそうになっていたボクサーを引き取り、今度は「アイク」(アイゼンハワー大統領の愛称)と名付けました。フィアーリンジャーはひとときもアイクと離れずに暮らしました。一緒に街を歩くために、彼は盲導犬訓練士を装うことまでしたのです。なぜなら、犬といるときだけ、「必要とされている」という自分の存在価値を感じられたからです。アイクとの悲しい別れをきっかけに、彼は「共産主義のチョークチェーン」から逃れる決心をします。内務省の書類を不正作成し、出国ビザを手に入れ、1960年代の終わりにアメリカへ向けて脱出します。そして「自由の人」となった彼は、アメリカでボストン・テリアの「ジョンソン」、テリア犬「スピンネカー」と幸せな新生活を始めました。単に犬を溺愛するだけのおばさん、しつけについての持論を説いて回っているのに愛犬に振り回されている女性など、アメリカ人とその愛犬の関係もユーモラスに描かれます。スピンネカーの話の中で、私にとって非常に印象的なシーンがありました。交通事故でケガをしたスピンネカーが奇跡的に回復し退院したときの話です。我が家へ帰って庭に放してもらうと、そこには傷を負った瀕死の小鳥がいて、地面で翼をばたつかせてながら彼の足元へ近づいてきした。スピンネカーはその小鳥を優しく口にくわえます。そして一噛みして小鳥を永遠の眠りにつかせ、亡骸を地面にそっと置きました。フィアーリンジャー氏が表現したかったであろう何か深いものを感じました。
 この作品はチェサピーク湾に浮かぶヨット上で物語をとじます。妻サンドラとスピンネカーをかたわらに、彼は今まで出会った犬たちのことを思い浮かべています。私のこの文章の最後に、この作品を締めくくる彼の美しい言葉を引用したいと思います。「自然に存在するすべての生きとし生けるもの、それに出会うことで得られるすべての気づきは、神とつながっている」。





これは雑誌『DOG days』Vol. 9 (2001年7月発行)に掲載されたものです。

『犬物商品文化研究所』は1995年1月から雑誌『WAN』(ペットライフ社刊)に5年間(60回)連載しました。
その後、雑誌『DOG DAYS』にパート2として2001年1月から連載がはじまり、現在も連載中です。