Schylling Associates,Inc.,U.S.A. PRICE: $ 21.95
  『ローヴァー・ザ・スペース・ドッグ』。 スカイリング・アソーシエイツ社製、アメリカ。大きさ:約75mm(体高)。素材:ブリキ、プラスチック。価格:21・95ドル。これは1950年代に発売された犬型ロボットのブリキのオモチャのレプリカです。この「ローヴァー」はゼンマイ式で、頭のアンテナがスイッチになっています。アンテナを引き上げると、口と耳を動かし、背中を火花で光らせながら動き出します。左右の車輪軸を若干ずらしているため、身体を揺らしながら全身します。進みながらドーム型の目の中の目玉をキョロキョロ、スプリングのしっぽをプルプルさせる仕掛けは、まさにアナログの妙技。昨今のコンピュータ・チップ入りのロボット犬のようにインタラクティブではないけれど、その愛らしさは決して引けを取りません。
 製造元のスカイリング・アソーシエイツ社はアメリカ、マサチューセッツ州にある新進の玩具メーカー。会社の哲学は「すべての優れたオモチャは過去に存在している」というもの。この哲学通りここの製品のほとんどが過去のオモチャの復刻版やリメイク商品なのです。スカイリング・アソーシエイツ社の創設者はちょっと変わり者のジャック・スカイリング氏。1972年ハーバード大学を卒業し金融関係の会社に就職したのですが、3年後偶然オフィスのビルの前の路上で販売していた鳥のオモチャに運命を変えられました。ゴムを動力としてパタパタと翼を動かして飛ぶ、木とビニールでできたその鳥のオモチャは、レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチを元にデザインしたものだったそう。ジャックはこの鳥に惚れ込んでしまい、家に買って帰り、自ら改良を加え製品化し、なんと会社を辞めてその鳥のオモチャの路上販売を始めたのです。彼はフォルクス・ワーゲンのバンで全米を行商して回り、徐々に財を成していきました。やがて彼はこのような昔ながらのアナログなオモチャに次々と目を付け、そのレプリカを作って売り、ついには二人の兄弟も会社に参加させビジネスを拡大しました。そして今年2001年、とてつもない競争率の中で争われていた、あの世界的ベストセラー「ハリー・ポッター」の商品化権を勝ち取るまでに至りました。このIT時代に、アナログを貫き通してつかんだアメリカン・ドリームといえるでしょう。
 さて商品名の「ローヴァー(ROVER=英語で「ウロウロ歩く」とか「流れ者」という意味)」ですが、「ファイド(FIDO=「忠実」という意味らしい)」と並んで、英語圏では代表的な犬の名前の一つです。日本で言えば「ポチ」みたいなもの。しかしなぜそれが犬を指す代名詞のような名前にまでなったかは不明。日本では英国車の名前として有名ですが、児童文学『ドリトル先生の楽しい家』の「船乗り犬」、ネオハードボイルドの旗手といわれている作家、マイクル・Z・リューインの小説『のら犬ローヴァー町を行く』など、様々な物語の中にも登場しています。それでは「ローヴァー」とい犬の名前が英語圏に本当に多いのかといえば、そうでもないようです。ASPCA(The American Society for the Prevention of Cruety to Animals=全米動物虐待防止協会)の調べによると、アメリカで最も多い犬の名前ベストテンは、1位マックス(MAX)、2位サム、3位レディ、4位ベア、5位スモーキー、6位シャドー、7位キティ(!)、8位モーリー、9位バディ、10位ブランディとなるそうです。
 確かに日本でも「ポチ」という名前の犬は、あまり聞いたことがありません。この「ポチ」という犬の名前の由来ですが、いくつか説があるようです。一つは英語の「Spottie(スポッティ=点のような→小さい、カワイイ)」が語源という説。また、同じ「スポッティ」でも、ブチ(スポット)がたくさんある犬を外国人が「Spotty(スポッティ)」と呼んだことが広まったという説。フランス語の「Petit=プチ(小さい、カワイイ)」が変化したという説。さらにチェコ語の「 Pojd'!(ポイチュ=行け!)から来ているという説。この説に関連してますが、日本の「ペス」という犬の名前は、チェコ語で犬を意味する「ペス」から来ているとも言われています。以上諸説を見ればいずれも外来語説。ですから「ポチ」という犬の名前は明治時代以降に使われはじめたのは確かで、昭和初期頃まで代表的な犬の名前だったようです。英語圏で一番多い「マックス」には「大きくて強い」という意味があり、威厳を感じますが、「ポチ」という名前は由来やその音感からしても、小さな島国日本らしい感じがします。
 ところでこの商品をさらに調べてみたら、おもしろいことを発見。なんと1950年代に発売されたオリジナルは日本の「ヨシヤ」というメーカーのものでした。かつて日本は世界中にブリキのオモチャを輸出していたのです。「ローヴァー」の解説書には、「ロボットの最良の友」とありました。人間のためではなく、ロボットのためのペット・ロボット犬なのです。現在人間のためのロボット犬がすでに存在していますが、近い将来ロボット自身のパートナーとしてのロボット犬が生まれる時代が来るのでしょうか。でも飼い主の代わりに散歩に連れて行く、犬のためのお散歩ロボットが存在するような未来は、一愛犬家として想像したくないなあと思います。






これは雑誌『DOG days』Vol. 7 (2001年3月発行)に掲載されたものです。

『犬物商品文化研究所』は1995年1月から雑誌『WAN』(ペットライフ社刊)に5年間(60回)連載しました。
その後、雑誌『DOG DAYS』にパート2として2001年1月から連載がはじまり、現在も連載中です。