SAFE AND HOUND,U.S.A. PRICE: $39.95

  『ザ・ドッグ・ロック』。セーフ・アンド・ハウンド社製、アメリカ。価格:39・95ドル。これは世界で初めての犬の盗難防止用「鍵付きリード」です。この商品は6フィート(約180センチ)のナイロン製リードと鍵がセットになっています。使い方は木・柱などにリードをまわし、リードの持ち手の輪の部分に通し、リードの先端(首輪側)を犬の首にまわし、リードにある穴に鍵を固定します(写真参照)。リードにはスチール製のワイヤーが入っていて切ることは簡単にできないように作られています。
  この商品の発案者はオレゴン州ポートランドに住むシャニン・プルーシャさんという30歳の女性。彼女は地元の通信会社に勤め、コーチという名の黒ラブを飼っています(木にドッグ・ロックでつながれた写真の犬)。新しい世紀を迎えた年のある日、彼女の住む町のスーパーで8歳のジャーマン・シェパードが盗難にあったニュースを知り、もしも自分の犬コーチにこのようなことが起こったらと、たいへんショックを受けたのです。身近で起こったこの犬の盗難事件がきっかけとなり、彼女はすぐに犬の盗難防止グッズの開発を始めました。いろいろと試行錯誤を続けているとき、同じポートランドに住むフィル・サルバトーリさんという、医療器具、スポーツ用品、コンピュータ部品などの商品を手がけ、多くの特許も取得している優秀な工業デザイナーと知り合い、彼女のアイデアを相談して彼に試作品を作ってもらいました。その試作品に様々な改良を加えていくこと約1年。商品がほぼ完成に近づき、特許を申請すると同時に彼女はサルバトーリさんと共にこの商品のための会社(セーフ・アンド・ハウンド社)を設立。2002年10月についにこの商品を発売することができたのです。
  アメリカでは現在約6240万匹の犬が飼われていて、これは10世帯中4世帯の家庭で犬が飼われている計算になります。またあるアメリカの統計によると、毎年500万匹のペットが行方不明になり、その内の200万匹は盗難によるもの。盗難にあった1割くらいしか飼い主の元に返ってきていないそうです。正確な数字は把握できていませんが、日本でも犬の盗難事件が増えていると聞きます。それも転売目的という悪質かつ組織的な犯罪が増えているのです。これはある意味「営利誘拐」。絶対に許せません。家族である愛犬がもし突然そのような事件に巻き込まれたらと考えただけで背筋が凍ります。最近、万が一愛犬がいなくなってもパソコンや携帯電話で居場所を見つけることができるというGPS通信機能付きIDタグが発売されました。また欧米ではかなり浸透している埋め込み型個体識別用マイクロチップは盗難防止にも役立つという話も耳にします。先進国の中で最も危機管理能力が低いと言われている私たちの日本。そのため犯罪は増加しさらに多様化しています。我が最愛の友である犬たちにもその魔の手が伸びているなんて、なんと悲しい現実でしょう。
  さてこの商品、発案者であるプルーシャさんの開発理由も現代アメリカの状況を考えると理解できますし、彼女の熱意もすばらしいと思います。また、商品自体のデザインもシンプルだし、使いやすい。しかし私には大きな疑問が残っているのです。それは「鍵までかけて犬を外につないでひとりにする」という状況自体に対する疑問です。たしかに出かけるときはどこへでも愛犬を連れて行きたい、という気持ちはだれにでもあります。でも犬をこのような鍵付きにして(しかも犬にとっては精神的に不安な状態にして)その場を離れるなんて、特に多くの人たちがいる街中では普通はあまり考えられません。彼女の発案のきっかけとなったジャーマン・シェパード盗難事件もほんの1、2分の間の出来事らしいのです。ならばなおさらのこと一瞬たりとも目を離すべきではないのでは。犬の盗難に関しては100%飼い主の責任ではないかと私は思います。たとえ犬が自分で逃走して盗難にあったとしてもです。盗難のリスクを最小限にする事を考えれば、この商品の存在意味を否定することになってしまいそうです。しかし犬を飼う人が増えていることと、犯罪自体が増えている現代のアンチテーゼ的な商品としてとても興味深く感じます。シャニン・プルーシャさんは近々犬のための防犯グッズ第2弾を発売するそう。どんなものなのでしょう。





これは雑誌『DOG days』Vol. 16 (2003年7月発行)に掲載されたものです。

『犬物商品文化研究所』は1995年1月から雑誌『WAN』(ペットライフ社刊)に5年間(60回)連載しました。
その後、雑誌『DOG DAYS』にパート2として2001年1月から連載がはじまり、現在も連載中です。